
またYです。大学生時代に住んでいた家の近くに小さな美容院がありました。普段そこの横を通って駅まで歩いていました。普段は普通に歩いている道にあるというだけで特別に何か意識をすると事もなく、ただ日常の私の生活の中にある風景でした。
ある日、いつも通りに歩いていると美容院の横に洗濯物が干してあるのに目が止まりました。それは白いブラスリップでした。それまでも、スリップやブラスリップが干してある風景をみることはありましたが、なぜかその日はそれがとても気になってしまいました。というのは、私の住んでいた所から近くににあった洋品店が一人暮らしをして最初にスリップを買った店で、それも慌てて買ったので白いブラスリップでした(この話は以下をご参照ください)。Yが一人暮らしをはじめた頃 (ycgogo.online)
そして、この美容院はその洋品店を通り過ぎて駅まで行く途中にありました。だからということではないのでしょうけど、なぜかその白いブラスリップがとても気になってしまいました。

当時、私は髪を切るのにどちらかといえば美容院へ行っていましたが、その店は私が行っていた店ではありません。しかし、それからというものその店が少し気になっていました。あるひ、その美容院の前を通ったら年齢でいえばちょうど40歳になるかならないくらいの品が良さそうでちょっと綺麗な人が店の前の掃除をしていました。美容院自体は小さな店でしたので、「きっとこの人が一人でやっていて、あの白いブラスリップはこの人が着ているものだ」と思いました。それからは、そのことが気になって仕方がありません。一度その美容院で髪を切ってもらおうと決心しました。それから、少し髪が伸びた時にいつもの美容院には行かずに、その小さな美容院

に行きました。丁度お客さんは一人でしたので、待っていましたが間違いなくその人が髪を切っていました。そして若い助手のような女性が手伝っていました。しばらく、待つと私の番になりました。私は少しドキドキしながら椅子に座り髪を切ってもらいました。他愛ない世間話をしていましたが、実はブラスリップが透けて見えないかなという期待をしていました。しかし、店の中は冷房が良くきいていて、その人はブラウスの上にカーディガンを羽織っていました。つまり、全然透けて見えるという状況にはならない訳です。そんな訳でその日は自分の期待を満足できずに帰りました。
しかし、それ以来その美容院の前を歩いて駅まで行くようになりました。そして、その美容院で髪を切ってもらうようになりました。しかし、髪を切る頻度もそうそう多くはありません。行くたびに、期待を裏切られては帰る日が続きました。そして何度目かの日、その日は冬で暖房が入っていたのですが、少し暖かい日になり暖房を入れていると少し汗ばむくらい

でした。私はいつものように椅子に座り髪を切ってもらっていました。そうしたら、その美容師の女性が「今日は暑いわね、ちょっと失礼しますね」と言いながらカーディガンを脱ぎまして。いうまでもなく、私の目は輝き五感が研ぎ澄まされるような気持ちになりました。向こうを向いてカーディガンを脱ぐのが鏡に映っています。そこには紛れもなくブラウスの下にブラスリップがはっきりと分かりました。もう、なんというか少し胸がドキドキ、気持はウキウキ。それが顔に出ていたのだと思います。「あれ、どうかしました?なんだか嬉しそう?」と言われましたが、照れ隠しに「いえ、別に何もありません、ちょっと楽しい事を思い出したので」と言って誤魔化しました。しかし、それ以上に困ったのは、男性ならば誰でも経験がありますが、股関が熱く、大きくなっていきます。でも、そこは美容院、切った髪の毛よけに大きなエプロンがかけられていて、股間はその下にあるので無事セーフでした。もうその日は夢見心地でした。その後、何回か美容院で白いブラスリップが透けて見えるのにお目にかかることがありました。しかし、そうしているうちにもう一つの疑問が湧

いてきました。なぜこの人はいつもブラスリップなのかということです。もちろん、そんな事を面と向かって聞く事なんかできません。白いブラスリップが透けているのを何度か見られただけで満足でした。しばらくたって、その店の横を通ると、白いブラスリップと並んで白で胸と裾周りにレースのついたスリップが干してありました。ちょっとドキドキして、またなんとなく嬉しいような気持ちになりました。自分の新しいスリップが手に入ったわけでもないのに、そんな感じの気持ちになりました。そうすると次に思うのは、ブラスリップだけではなくこのスリップが透けているのを見てみたいということです。
美容院にもそんなに頻繁にいくわけではなく、1ヶ月に1度くらいです。その数少ないなかで、それを見られる場面も限られます。冬場はまず無理です。それから数か月したある日、やはりこの日は店の中が少し暑かったのか、ブラウス姿でカットをしてくれました。なんと、その日はブラスリップではなく、レースのついたスリップとブラの4本線です。白いブラウスの下に透けてみえる白い4本線のなんと神々しくみえること。私の好みを察してくれたかのように勝手に思っていました(もちろんそんなはずもありませんが)。その日はたぶん、私のそんな感情が表情に出ていたのだと思います。「なんだか今日は嬉しそうね、何かいいことでもあったの?」と聞かれました。私の心の中を見透かされたような気分でしたが、だからと言って本当の事なんかいえません。

「いえ、別に、でも今日はいつも以上にお綺麗ですね」などとお世辞めいたことを言いましたが「あら、どうしたのかしら?そんなこと言って、何にも出ないわよ」といいながらも、「今日のこのブラウスはお気に入りなの、いいでしょ」というので、「綺麗です、白いブラウスとてもお似合いです」というと「あら、うれしいわね」といいながらまんざらでもない感じ。そういいながら、私はブラウスの下に透けるスリップのレースを目で追っていました。
結局大学の4年間そこに通い、卒業・就職で違う場所に移ってしまったので、それっきりでしたが。今はどうしておられるのかな。
スミマセン、遅くなりましたが続きを書きます。
Sちゃんが帰った後、私は後悔していました。
Sちゃんに悪い事をしてしまったと思い悩んでいました。
もうSちゃんは来てくれないかもしれない、嫌われたかもしれない、何よりもアレは犯罪ではないのか?
小心者の私はウジウジ考えていました。
しかし1ヶ月後、Sちゃんはやって来ました。
私はSちゃんに顔を合すことが出来ず部屋に籠っていましたが、Sちゃんは帰り際に私の部屋にやって来て「Tクン要らないスリップ有るけど…要る?」と聞かれました。
「要らないんなら欲しいです」と言うと、「ホントにボロボロだけどイイ?」と言うので「ボロボロでいいデス」と言うと、デパートの包装紙に包まれた物を渡してくれました。
「要らなかったら判らないように捨ててね」と言うとソソクサと帰っていきました。
後で開けて見ると確かにボロボロでした。
肩紐の金具は塗装が剥げていて、ワキの縫目はほころび、裾のレースは擦り切れ、お尻には亀裂が入っていました。
私はスリップを哀れに思うと同時に、こんなになるまでSちゃんが着ていたこと、それを捨てずに私にくれたことに感謝しました。
それから2ヶ月後だと思います。
Sちゃんはやってきました。
申し遅れましたが、当時私はヒマな学生で土曜日は休みでした。
両親は土曜日も働いていて、家には私と祖母しか居ませんでした。
Sちゃんが来たのはは子供の幼稚園が終った午後でした。
Sちゃんは私の部屋に入ってくると、「また要らないスリップがあるんだけど」と言いましたが、何も持っていませんでした。
私が怪訝な顔をしていると、「今着ているんだけど……イイヨ」私はその意味を理解しましたが、まさか?と言う思いでいると、もう一度「イイヨ」と言われました。
私が「ホントにいいの?」と言うとSちゃんは黙って頷きました。
私はSちゃんにキスをし、抱きしめました。
しかし私はその時童貞で、イザとなるとどうしていいか判らずまごついていると、Sちゃんは自分で服を脱ぎ
ベッドに誘ってくれました。
SちゃんのさりげないリードでSちゃんを抱きしめ、スリップの裾を捲ってみると、今で言う勝負下着でしょうか美しいピンクのナイロンパンティでした。
パンティに顔を埋め手で触ってみると、そこは濡れていました。
それ以上書くのは控えますが、すべてが終わるとSちゃんはスリップを畳んで渡してくれました。
図々しく「パンティも欲しいです」と言うと、予想していたのか黙ってパンティをスリップの中に挟んで渡してくれました。
Sちゃんは替えのパンティを用意していたんです。
後にSちゃんに聞くと、あの時私に襲われたことより「好きだ」と言われたことに動揺したと言う事でした。
Sちゃんは見合い結婚でした。
その頃はそれが普通で、恋愛は今ほど盛んではありませんでした。
Sちゃんは恋愛経験がなく、好きと言われたことが無かったんです。
初めての恋愛体験にトキメイていたようです。
その後、私の方からSちゃんの家に行ったり、子供の幼稚園の時間だけデートをしたりして、2年半程関係は続きました。
しかし2年を過ぎた頃から会う頻度は少なくなっていました。
そしてある日、Sちゃんに呼ばれ家に行くと「ゴメンナサイ私、結婚することになった。」といわれました。
同じ会社の人の様でした。
Sちゃんに何度も謝られましたが、私は仕方が無いと思っていました。
学生の私にはSちゃんを幸せにすることが出来ません。
それに困ったことに私は女性よりスリップの方が好きなんです。
Sちゃんは下着をすべて一新するつもりだから、もし良かったら持って行ってと言いました。
フラレた女性に下着を貰うのは、実に惨めなものだと思いましたが、本来の目的はソレだったのです。
私はスリップのすべてと、パンティはナイロンだけを選んで貰い、アッサリと別れました。
ただ後になって寂しさが込み上げて来ました。
自分がSちゃんを本当に好きだったことに、後になって判ったんです。
すべては手遅れでした。
その後、Sちゃんの父親が挨拶に来ましたが、Sちゃんは来ませんでした。
Sちゃんとは二度と会うことはありませんでした。
今になってみれば、それで良かったと思っています。
Sちゃんは幸せになれたでしょう。
私はスリップを沢山貰いました。
何も文句は無いはずです。
それでもやっぱり寂しい気持ちがあるんです。
情けない話ですね。
以前に少し書き込んだ義理の叔母とピンクのスリップの話を書きます。
私がSちゃんと読んでいた義理の叔母は、12才程年上の女性で父の年の離れた弟の奥さんでした。
彼女は美人ではありませんが、とても気さくで優しい人でいつも私を可愛がってくれました。
私が高校一年の年末に叔父夫婦は里帰りし我が家2泊していきましたが、その時Sちゃんはスリップを忘れて帰ったんです。
それは胸と裾の部分がシフォンで覆われた可愛らしいホワイトスリップで、Sちゃんにとても似合っていましたが、背中の中央部分が掻きむしったらしく傷だらけでした。
あんなに優しいSちゃんがスリップにこんな酷いことをするのかと思いましたが、そのスリップは美しく着てみると素晴らしい肌ざわりで、私は夢中になり、そのスリップを自分のものにしてしまいました。
その翌年、叔父は病気で亡くなりSちゃんは幼い子供を連れて未亡人になりましたが、時々祖母に孫の顔を見せるために我が家にやって来ました。
私が大学一年のときの秋、Sちゃんはいつもの様に子供を連れてやって来たのですが、その時のスタイルを見て私は心が震えました。
薄いブラウスに透けて見える鮮やかなピンクのスリップ、私は自分を抑えることが出来ず、自分の二階の部屋に篭もりました。
これ以上見ていると自分がどうなるか分からなかったのです。
ところが暫くするとSちゃんが私の部屋にやって来ました。
Sちゃんとしては何時ものように私をカラカイに来たのでしょうが、私は精神が普通の状態ではありません。
私は「Sちゃん好きだ」と言って彼女をベットに推し倒しブラウスのホックを乱暴にはずし、スリップの胸に顔を埋めました。
ところがSちゃんは、怒ることも悲鳴を上げることもなく「T君ヤメヨ、ネッ、ヤメヨ!」と子供に言い聞かせるように言ったのです。
子供扱いされた私は顔を上げ、「ゴメンナサイ」と言い、「もうしないからSちゃんのそのスリップ、要らなくなって棄てるならボクに下さい」と言いました。
Sちゃんは少し考えていましたが、「ちょっと待って」と言うと部屋を出て行き、しばらくして服を整えて戻ってくると手には、ピンクのスリップを持っていました。
「これあげるから」と言われ私は逆に動転しました。
「要らなくなってからでいい」と言いましたが、「もう要らないから、あげるから」と言われ、内心の喜びを隠しながら、ありがとうと言いました。
私は図々しく「また要らないスリップがあったらくれる?」と言うと「あげるから!またあげるから!」
と言って部屋を出ていきました。
Sちゃんも動揺していたのでしょう。
長くなるのでこの続きはまた書きます。
そうですよね。
ブラウスの背中からスリップのレースと4本の肩紐が見えるとたまらないですね。
ブラスリップだとレースが無いですし、何よりも胸の部分がナイロン生地で無いのが寂しいです。
美味しそう 食べたい