今回もYが話します。何度か今までに話していますが、私の母は洋裁をやっていて注文を受け自宅で制作をしていました。そのため時々、注文をしにくるお客さん(もちろん女性です)が自宅に訪れます。
そうすると、採寸をするわけですが、その際に下着一枚(ようするにスリップ姿)になるわけです。
その場面に出くわす事は時々ありました。私が小さい頃には、私の存在を無視するかのように、私がいてもさっさと下着姿になってました。私もよくそれを見ていたはずなのに、あまりそれが記憶にありません。しかし、小学校の高学年になるにつれ、だんだんとそれを意識するようになってきました。中学になると見たい意識もありながら、そこにいて見ることの恥ずかしさだったり、照れのようなものもあり意識的にそれを避けるように
なってきました。本心は見たいという気持ちは強くなっていきましたが。
そして高校のある日(この話は以前もしましたが)、母のお客さんは昔からよく家に来ていたおばさん、(母より少し年上で、すごくおばさんっぽい人で、服装も普段着のおばさんっぽさが常に出ているような人)が来ていました。来ていましたと言っても、私が帰宅した時はその事を知りませんでした。
帰宅して、部屋のドアを開けた時はちょうどこれから採寸をする時で、そのおばさんがちょうど服を脱ぎスリップ1枚になった時でした。おばさんは私と目が合うと「あらYちゃんお帰りなさい」と声をかけました。私は、
「あっ、こんにちは」と言いそそくさとその場を離れ隣の自分の部屋に行きました。
短い時間でしたが、私の目にそのシーンは強く焼きつけられました。おろしたてなのかと思えるくらいの真っ白のスリップ。裾と胸のところに綺麗な白いレースがあしらわれていました。普段、おばさんっぽい普段着のような格好で化粧っけもあまり無いおばさんなのに、こんなに綺麗な真っ白なスリップを着ているとは。
普段からこんなスリップを着ているのか、それとも母の元で採寸をするために、わざわざ新しいスリップを着てきたのかはわかりません。でも、そのいかにもおばさんという顔とその本当に真っ白なスリップのアンバランスが、私の中の気持ちを高めたのは間違いありませ
ん。それとともに、幼い頃から時々採寸の時に私の前で服を脱ぎスリップ姿になっていた色々な女性の事が思い出されました。面白いもので、自分ではなんとも思っておらず、ほぼ忘れていた場面が、先ほど見たおばさんの真っ白なスリップ姿をきっかけにどんどん思い出されてきました。脳のどこかにしまわれて蓋をされていた記憶が、今日の白いスリップ姿をきっかけにその蓋が開いたような気分でした。
いますぐ扉を開けて、隣の部屋を覗きおばさんの真っ白なスリップ姿をもう一度見たいという衝動にかられましたが、それを抑えるのは大変でした。
ふと気がつくと、母が取り込んだ洗濯物の山があります。採寸のお客さんが来るので、取り込んだものをとりあえず私の部屋入れたのだと思います。
その中に母のスリップがあるのに気がつきました。それを見たら、もう我慢ができません。
いきなり服を脱ぎ裸になり、母のスリップを手にとり頭からそれを羽織り、着てしまいました。冷静に考えるととても危険な行為です。すぐ隣の部屋では母とおばさんがいます。そしておばさんはスリップ姿でいるわけです、万が一ドアを開けられたらどうしたら良いのでしょうか?でもその時には、冷静にそんなことを考える余裕はありません。母のスリップを身に纏った興奮と喜びがいっぱいになっていた直後、急に冷静な気分が押し寄せます。「ドアを開けられたら大変だ、だから早く脱がないと」と思いながらも、「もし開けられて見つかったら、どうなるかな?母だけでなくおばさんにも一緒に見つかったらどうしよう。」という思いと「ちょっと見つかってみたいなあ」みたいな感情が同居したような気持ちです。ほんの一瞬の事でしたが、それに引き続いた妄想をしたわけです。
その妄想のストーリーとは。母とおばさんに見つかって母に怒られるのだが、そのおばさんが「まあまあ年頃の男の子は多分色々あるのよ。さっき私のスリップ姿を見ちゃったから刺激されたのね、おばさんが悪いのね。だから、そんなに怒らないでね。ちょっとイタズラしただけよね」と言いながらその場を収められます。帰りしなに、「お母さんのでそういう事したらだめよ。もしそういう事したくなったらこっそりおばさんのところにおいで、おばさんのでよければ着せてあげるから」と耳打ちをして帰っていく。そして、そのおばさんの家に行き、スリップを着せてもらい、そのおばさんに童貞を奪われる。あくまでも妄想ですが、そんな妄想をしました。
現実にはそういうことは起きずに、母もドアを開けることもなく、私は母のスリップでオナ
ニーをして、した後に冷静になってなんだか虚しい気持ちなっていました。
面白いですね。そういう時には色々なすごい妄想をしてしまうわけです。
その後何度か、母の共をしてそのおばさんの家に行ったことがありましたが、いくといつもスリップが干してないか見てしまっていました。毎回ではありませんが、何回かお目にかかることができました。
そのおばさんは数年前にお亡くなりになったそうです。
Comments