私に影響を与えた母のスリップについてこれまでも何度も書いてますが、また少し違う感情から話してみたいと思います。
最初の方でもCが話してくれましたが、最初に母のスリップというよりスリップを意識したのは幼稚園の頃でした。そういうとずいぶんませてるか、早いような感じがします
でも、大人になった頃のようなHな気分とは少し違う気がします。
テレビで喜劇俳優がやっているのをみて、なぜだか自分も着てみようと思ったのが最初の瞬間でした。たまたまその時に家に一人で居て、テレビがある居間に、母の白いスリップが洗濯物として取り込まれてあったという偶然がありました。その時の記憶であるのは、着たらどんな感じなのかなという気持ちでした。すぐに裸になり着てみました。もちろん、いけないことをしているという気持ちはありました。
でも、その時に肌を滑るひんやりすべすべとしたナイロンの感触は忘れられなくなりました。この肌に触れるナイロンの感触というのがスリップの大事な要素ですね。
小学生になり、同級生の女の子のスカートから白いナイロンの生地tレースが見えた時、幼稚園の時に着てみたスリップのナイロンの感触を思い出しました。
そも時に思ったのは「女の子は毎日これを着られていいなあ」という感情でした。当時はシミーズと言ってましたが、女の子が夜寝る時に白いシミーズで寝ている姿をよく想像していました。そして、自分もそうなりたいという思いはいつも自分の中にありました。でも、まだその頃は性的な想いはそれほど強くなく、綺麗な物を身につけたいというような想いでした。
そして、小学校4年生の時、帰宅した時に母がブルーのスリップ姿でいるのをみた際に、そ
れまでの、綺麗な物を着たいという思いに加えて、性的な思いが少し芽生えてきた気がしました。そして中学2年の時、それは突然自分の中に押し寄せてきました。
帰宅して、自分一人でシャワーを浴びようとお風呂場に行き、自分の下着を洗濯機に入れた時に、偶然見つけた母のスリップ。それはまさに小学校4年生の時にみた母のスリップ姿の物でした。不思議なのはそれまでも、洗濯されたこのスリップを見ていたはずなのに、その記憶がないことと、それまでにこんな気持ちになっていなかったことです。
この日は、なぜか洗濯機の中に見つけた事、そして自分はシャワーを浴びるために裸になっていたという事、そういう偶然が重なったにせよ、突然それを手に取り、「着てみよう」と思ったわけです。それは全く躊躇する事なく、ごく自然にブルーのスリップを手にとり、頭からスッと被り身につけたのでした。母が1日身につけたスリップですから、生地は柔らかくない、少し母の化粧に香と母の汗に香がうっすら香リ、それが中学2年の私の性的興奮を高めました。この時でした、はっきりと自覚をしたのは、それまで綺麗だから着てみたい、
着たいという感情が強かったのに加え、スリップを身につけることで性的興奮が高まるのがわかりました。
母のスリップは色はブルーというか水色で、ラン型、シミーズのイメージがありました。裾や肩の部分に沿って少し白いレースで縁取られ、胸の上に花をデザインしたレースが数箇所あしらわれている物でした。
その生地が自分の肌を滑った瞬間と着てみて鏡の前に立ち自分の姿をみた時に、興奮と嬉ししさが入り混じリとても興奮したのを覚えています。
もし、母が帰ってきたらどうしようという思いと、まだしばらくこれを着ていたいという思いがまた交錯し、それもまた私の興奮を高めました。自分で胸からお腹の辺りをスリップの上から撫でまわし、その感触をしばらく味わいうっとりしていました。
自分で言うのもなんですが、子供の頃から中学生くらいまで、私はどちらかといえば可愛いと言われる顔立ちでちょっと髪の毛が伸びた時などは女の子っぽいと言われる場合もありました。そのため、母の水色のシミーズを着た自分の姿を鏡でみて、あまり違和感を抱きませんでした(後年、Cや風俗のお姉さん方に、私のスリップ姿が様になっているとか違和感がないと言われましたが)。
それとともに、自分のスリップ姿をみて抱いた思いは、いつか綺麗なスリップを着た女性を交わりたい、綺麗なスリップを着た女性の姿をみたい、そして自分もスリップを着て一緒に過ごすのをわかってくれる人と出会い、交わりたいと言うことでした。
そして、興奮が高まりシミーズの裾で自分のジュニアを包みさすり始め、ついには母のシミーズの生地の中に大量の白いほとばしりを出してしまっていました。
そうすると、冷静になります。しまった、どうしようと思いがいっぱいになりましたが、すぐに洗濯物だと思い出し、その部分を水で洗い流し、絞ってそのまま洗濯機に戻しました。
多分、バレてはいなかったと思います(最も母が気がついたとしても何もいえなかったのかもしれませんが)。
これがきっかけで、私のスリップに対する熱は深まっていくのですが、あの瞬間の気持ちはいまだに忘れられません。多分、母もかなりの高齢ですので、とっくにあの時のシミーズは捨ててしまっていることでしょうけれど、ネットで見ていてても同じようなデザインの物はありません。見つけたらきっと買ってしまうでしょうね。皆さんにはそんな経験や想いはありませんか?
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